[沈まぬ太陽]を見て~働くってなんだろう

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沈まぬ太陽を見てきた。実にいい映画だ。
長年のJALの労働問題が、日航機墜落事故を契機に
真っ逆さまに墜ちてゆく情景を克明に描いている。

組織の人間なら、人事の非常さ、不甲斐なさ、だらしなさ、
そして、あたかも神の見えざる手のような、理解できない判断を
大なれ小なれ、経験してこととはあると思う。
別に僕が今まで在籍した組織の人事を悪く言うつもりはない。
現場に足を運ぶ事もそんなにない人事が、
100%最適化した人事などできるはずがないのだ。
現場に足を運んでいたら、人事の仕事が滞ってしまう。

しかし、ここまで人事で嫌がらせをされた人間もなかなかいないのではないか。
自分の子供にまで「サセン」と言われる主人公、恩地元。
そして、人事から「会社に形だけでも良いから忠誠を示せ」と言われても
いつまでも頑なに拒む、恩地の姿は、
サラリーマンであれば、自分の姿と重ね合わせてしまうのではないか。

この映画を見ていて、二人の人間を思い出した。
一人は元トナミ運輸社員串岡弘昭。
もう一人はケニア航空日本韓国地区支配人の新井田洋だ。
新井田は恩地のモデルになった小倉寛太郎とも交友があったという。

■串岡弘昭~反骨の精神で公益通報者保護法を作った
串岡弘昭はトナミ運輸に勤務していた1974年、
当時会社が行っていた闇カルテルに疑問を持ち、幹部に直訴。
しかし取り合って貰えなかったため、内部告発を行い、
新聞の紙面を賑わせた。
しかし、当然会社からは白眼視され、
研修所へ異動。1975年から20年以上も草むしりなどの雑用をやらされ、
給料も上がらなかったという。まさにトラック業界の恩地元。
2002年には同社を相手取り、昇格差別、人権侵害による
経済的・精神的損失として4,500万円の損害賠償と謝罪を求める訴訟を
富山地裁に起こし、2005年に勝訴している。
彼の存在は公益通報者保護法制定のきっかけにもなった。

組織に疎まれつつも、組織と闘い、窓際に追いやられようとも、
自分の信念を貫く様は、脱帽と言うしかない。
普通の人間であったら、胸の中の黒いもやもやを、
居酒屋でビールをいっしょに流し込み、
嫌悪しつつも自分の信念をあえて、忘れようとするはずだ。

■教師→パンナム→日本航空→ケニア航空~新井田洋
ケニア航空日本韓国地区支配人の新井田洋は、
小倉と不思議に何度も邂逅のある奇特な人生を歩んできた。
詳しくは自身のホームページに半生記があるが、
ここでは文章を拾い、紹介したい。
http://homepage3.nifty.com/hniida/

新井田洋は海軍にいたものの、戦後師範学校に復学し、
アメリカンスクールの教師を経て、母校の附属中学の教師になった。
しかしあるとき、「授業を中断し組合の集会にでるように」
と教頭から指示を受け、出た組合の集会で
「社会党候補を支持せよ」と言われた事に疑問を持ち、
「これからの私の人生を自分の信念を曲げて、
このまま先生を続ける事は出来ませんので辞職させて頂きます」
と退職した。

その後東京に出て職を探すと。
偶然アメリカンスクールの教え子の父親に会い、紹介で
当時世界最大の航空会社であったパンアメリカン航空の日本支社に就職し、
国際航空業を学んだが、昭和32年、当時国際線に進出したばかりの
日本航空に転職した。
退職時は「給料を倍にしてもよいから残って欲しい」と慰留されるも、
「日本人だから、日本の航空会社のために、働きたいと思う。
人はパンのみに生きるに非ず。」と言って退職した。
因みに日本航空の給料はパンナムの半分以下だったという。

 日本航空では、パンナムの経験を生かし、
生き生きと仕事をし、
労組でも恩地陸のモデルである小倉寛太郎委員長の下で
執行委員をしていた。
あるとき、香港勤務の辞令が下る。
小倉寛太郎は「会社は組合の弱体化を図るものだ」と抗議しようとしたが、
新井田は「良い経験となる」と香港へ飛び立った。
その後、ホノルル、京都、ムンバイと順調に経歴を重ねる。

 あるとき、上司がムンバイへ出張してきた。
しかし新井田は支店長会議と重なったため、出迎えに行かず、運転手を迎えにやった。
翌日上司は大層不機嫌だったという。

日本航空で、出世しようと思えば、常に本社に向かっては
"皇居遥拝"するような気持で接し、上役に対しては,
仕事以外でも何かと気配りが必要だと言う事を、痛感しました。
http://homepage3.nifty.com/hniida/prof23.htm

という新井田に、転職の話が舞い降りた。
新しい独立国である、ケニア・ウガンダ・タンザニアが
共同で運航していた東アフリカ航空の日本支社長のポストだ。

このまま、日本航空にいて、"牛尾"で終わるより,
私を日本の責任者, 代表者として評価してくれる会社で、
"鶏頭"として働く事に、より以上の意味がある。
世界一のパン・アメリカン航空会社と、日本航空で得た19年の経験を生かして、
アフリカの航空会社のために、働くのも、意義があるのではないか。
また、これにより、日本と東アフリカの掛け橋となれるのなら、
こんな名誉な事は無い!
http://homepage3.nifty.com/hniida/prof23.htm

と新井田は奮い立ち、その後、23年間、
東アフリカ航空(後にケニア航空)の日本支社長を勤め、66歳で定年退職した。

新井田と小倉はその後も交友が続いた。
特に新井田がムンバイにいたころ、

ある日 彼が、突然ボンベイ営業所に勤務してい
た私の家に、訪ねて来たのです。 彼は深刻な顔で 『今度は
引き続きケニアのナイロビに転勤を命ぜられたよ!』と言い
ました。 私は聞いて 吃驚しました。何故なら、会社では僻地
と言われている地域での連続した勤務は前例が無かったから
です。 私は彼に、『ケニアは素晴らしい所ですよ。一年中、
軽井沢の夏と言った気候で、雄大な大自然の中で 野生動物
達が弱肉強食の世界を繰り広げているし、サバンナに沈む真っ
赤な太陽や刻々変化する美しい空に色は筆舌に表せないし、 
住民も皆人馴っこいし、食べ物も日本人に合って美味いし、
おまけに貴方はハンティングが趣味と聞いているので、休日には
本場で猟銃を撃つ事ができるし、自分は日航で一番幸せな
人間だと思って ケニアをエンジョイしたら如何ですか?』と
話したのを覚えています。
http://homepage3.nifty.com/hniida/prof31.htm

 小倉がナイロビ時代にハンティングで気を紛らわしていたのは有名な話だ。
映画でもこのご時世に恩地の家の居間には、立派な象牙の置物が2個置いてあった。

"本物は誰だ"というテレビ番組より, 私と小倉さんに、出演依頼があり
『小倉さんと私のどちらが本物のハンターか?』ということで出演しました。
....その結果、どういう理由か、私が本物と言われ、大笑いした事など、
懐かしい思い出になりました。

■幸せに生きるために
小倉も、日本航空に入る前はAIUのアンダーライターで、
新井田の人生と重なる部分も多い。
しかし小倉が会社と最後まで、最後まで正論を吐き、意地を張り続けたのに対し、
新井田は、組織に阿ることもなく、時々で上手に付き合い、
去りどきだと悟れば去っている。結果的に「鶏口」として
「良き時代」を生き抜いてきた。

小倉や串岡も会社では冷や飯続きであったかもしれないが。
結果的には歴史に名と、大きな教訓を残した。
 一方で新井田も、自分の信じる道を生き、
時々で活躍の場を変えながら、社会のために生きてきている。

3人に共通するのは、自分の信念に従い行動したこと、
そして夫に連れ添い続ける良き妻がいたこと、
結果的に人生において功績を残せたこと、だ。
組織で、上を向いてひたすら、昇進という「勝ち」を目指すのも良いが、
彼らのような生き方も、また「勝ち」なのではないか。

これは先月の「私の履歴書」の安居祥策にも通ずる。
繊維会社なのに、関連会社で車のディーラーや商社の常務をやり、
かなり遅れて本社の役員になったものの、最後は社長になった。 

 ただし小倉や串岡は、会社時代、遂に日の目を見ることが
できなかった。後に社会が再評価したが、
このような機会に恵まれるサラリーマンは希だ。

日本航空の事も重要なのだが、沈まぬ太陽は、
組織で「働く」ときの心の持ちようを問いかける。
原理原則を重んじ淡々と生き、
人事は天命と、素直に受け止めたいものだ。

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このページは、管理人が2009年11月 2日 03:06に書いたブログ記事です。

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